Zakkan (雑感)

趣味の雑感。
続・いらんこといわんといて
一昨日、娘が仲裁に入るような話をした。
文面では、夫婦仲が険悪な不幸な一家のように見えるかもしれない。
実際そんなことは毛頭ない。インターネット上の表現の難しいところ。
(そこら辺を強調しておかねばならない。誤解なく帰省できるよう?)

甲斐性がない以外は何ら問題ない平穏な家庭でございます。


言葉達者な娘は今日も風呂場で、

「おとうさんスイッチ“え”〜絵馬を書く」

(NHK教育「ピタゴラスイッチ」より)

そういえば先日、お宮参りで絵馬を書いたな;
| Rail&Hand | - | 21:25 | - | - |
昭和の日
今日は仕事だった。
そして今日は「昭和の日」。天皇誕生日→みどりの日、いつの間にか名前が変わった。
昨今は昭和を懐かしむブームのように見える。

たとえば映画「ALWAYS〜三丁目の夕日」
昭和30年代の描写が老若男女にヒット作となった。
この映画を見て、多くの若者が“昭和の風景と日常”に惹かれ、昭和30年代に少年少女だった世代は“懐かしい”を口にした。

若い世代は、その時代の苦労を知らない故、映画の世界に新鮮味を覚えたように思われる。そして、昭和30年代を生きた方々は、決して豊かではなかった時代の苦労を偲び、過去の日々を笑い飛ばしてくれたと思われる。
その時代を知る方々の寛大さなくして映画のヒットは成しえなかったかもしれない。

昭和30年代、水洗トイレはなかったし、コンビニも、ましてや携帯電話もなかった。映画の世界のように日々の暮らしは決して美しいものではなかったはず。
この時代を生きた世代に、過去に戻りたいか問うと、多数は「NO」だろう。

人それぞれ意見は異なると思うが、「三丁目の夕日」は、未知の時代への新鮮さに終始するだけでなく、先人の苦労を知り、豊かな時代への感謝を発信している映画なのかもしれない。

突っ込んで言えば、「レトロ」は決して便利でも清潔でもない。
靴の汚れない未舗装道路なんて存在しない。
電子レンジで温めるご飯なんて存在しない。

昭和の日は、未知の昭和に思いを馳せるだけでなく、昭和の先達に感謝する日。
昭和末期に育った人間のつぶやき。
| Rail&Hand | - | 19:46 | - | - |
うるさいこといわんといて
こう見えても私は人の子なので、イライラするとつい口うるさくなってしまう。
ましてや妻も疲れて苛立っているときは火に油で、ましてや実家との調整役になって折り合いがつきにくい時ほど言葉にトゲがつきやすい。
そのような状況になったら、娘が言う。

「パパ うるさいこといわんといて」

しかも最近は空気を読んで、言葉が出る前に、

「うるさいこといわんといてね」

子供に教えられることって多い・・。反省;
| Rail&Hand | - | 21:38 | - | - |
15years

新潟へ移住したのは15年前。そして、「鉄道研究部」というものに出会ったのもちょうど15年前。

4月は新入生歓迎の季節。屈強な体育会系男子学生がプラカードを持って、

「あ〜君、もう部活は決めた?」

「テッケンです」

「テッケン?うちの部にしなよ」

「いや、だから、電車の鉄研です」

「・・・」

「拳」と間違えたらしい。同じ鉄でも「道」は対照的に軟弱だ。

その当時に出会った方々とは、“♪ど〜んな〜にな〜がくご無沙汰をしてても〜”竹内まりや「forever friends」の如く、変わらぬ付き合いが続く。今となっては、鉄研は人生最大の道草となった。
その、15年をテーマに当時の出来事を時々振り返ってみようと思う。(先日から小出しにしているが)

1993年5月1日。磐越西線
磐越西線は、新津〜会津若松〜郡山と、日本列島を縦割りに結ぶ路線。昭和に入って上越線が開通するまでは、東京から新潟への最短ルートだった。
現在は蒸気機関車も走る観光路線だが、この時はまだ普通のローカル線だった。しかも1往復だけ客車列車が残っていた。
初めての磐越西線、新潟から会津若松への日帰りひとり旅。しかもこのときはフリー乗車券など存在せず、普通運賃を学割で購入した。
その旅を辿ってみたい。

客車列車〜50系レッドトレインは、1992年3月まで地元の播但・姫新線など姫路近辺で活躍していたが、結局1枚も撮影しないままに終わった。この頃は多感な年頃で(?)鉄道への関心が薄かった。それが今となっては後悔の念。
そんな惜別の想いから、磐越西線の客車に乗車した。(同線の客車は1995年12月廃止)


会津若松からの帰り、日出谷駅で下車。客車列車は15時頃に新津から会津若松へ向かい、翌朝戻るダイヤなので迎え撃ち乗車となった。
新潟・福島県境に近い日出谷駅は現在、ホーム1本の無人駅だが、往時は蒸気機関車の給水や列車の切り離しを行っていた。駅前旅館も残っている。
こんな山間の駅に何と駅弁の立ち売りのおじさんがいた。その生き証人でもある。
(今では同駅の駅弁「とりめし」を“SLばんえつ物語号車内”で予約販売している)


中途半端な時間帯に県境を越える乗客はおらず、ほぼ貸切状態でマニアは私くらい。山間をのんびり走る。DD51形ディーゼル機関車は客車4両を軽々と引っ張っていく。青い椅子に体を委ね、窓を開け、レールのジョイント音を聞きながら至福の時を過ごした。

トンネルが近づくと、汽笛が「ピョー」
停車すると静寂が訪れ、乗客の靴音が「コツコツコツ」
発車時は、車掌の笛が「ピー」
そして連結器のショック。「ガチャン!ガチャガチャ」


会津盆地に下ると、蔵と残雪が夕日に照らされる。この風景は今も変わらない。


喜多方に到着。終点まで行きたいが、新潟方面への最終列車の関係で、ここで下車。待ち時間に喜多方ラーメンを食べた。
写真に高校生の姿が見えるが、おそらくほとんどの人がお母さんになっていることだろう。

保存運転されている蒸気機関車の旅もよいが、こんな前近代的な列車の旅も捨てがたい。もういちどディーゼル機関車の牽く列車に乗ってみたいと思うのは私だけではないかも。
| Rail&Hand | - | 00:30 | - | - |
お宮参り

今日は息子の「お宮参り」
もう4ヶ月を過ぎてしまったが、最適な季節。

まず写真屋で撮影。娘もドレスでおめかししてもらってご機嫌。
近年はデジカメなので、撮った写真をその場で確認できる。貸衣装も充実し、「世界の中心で〜」に登場するような、街角の古風な写真館の面影はない。せいぜい撮影用のクラシカルな椅子程度か。

昼頃、播磨国総社へ。姫路菓子博覧会の会場に近いためか人が多い。本日は結婚式も5組あるそうで、境内も人が多い。

12:30、本殿に呼ばれて祝詞が始まる。
3年前、娘の時は「便」の腹痛で号泣。お祓いの最中、神前でブリブリ・・だった。
今回の息子は祖母に抱かれて黙って見ている。おとなしい。娘も黙って前を見ている。最後に絵馬に願い事を記入して滞りなく終了した。
その当時の宮司さんは交代して別の方になっていた。


帰宅後、息子の初節句を兼ねて実家で夕食。

「五月人形を出しました〜トラが元気になりますように〜」

娘が、祝詞の口調で喋る。黙って見ているようで、昼間の様子をしっかり覚えているようだ。(トラ=兜の隣に置いてある張り子の虎)
その後は写真屋さんになったりする。

ともあれ、姉弟の健やかな成長を祈る。
次回は七五三か。








| Rail&Hand | - | 19:27 | - | - |
春のジャケット手仕事


妻です。
主人がよそいき用に、私が縫った「撫で肩ペンギンジップアップ」ばかり着ているので、可哀想になり新しいジャケットを買いました。
すると今度はそれが小さかったので、結局手作りするはめに…。。。(〃_ _)σ‖

気の毒に、我が家は皆貧乏臭い、手作り服を着せられています。

ペンギンジップアップはちょうど一年くらい前、要らない服地で縫ったもの。
(過去ブログ「最近の手仕事」参照 http://railandhouse.tblog.jp/?month=200703)

知識がない為、布端をロックミシンで処理していました。
ジャケットって脱ぎ着する機会が多いじゃないですか。脱ぎ着する度、白いロックの縫い目が目立ち、どうにもこうにも不細工。(〃_ _)σ‖。
今回は「折り伏せ縫い」という縫い目を覆い隠す縫い方と、バイアス布を使ったパイピングで処理したので、脱いでもまぁまぁ醜くないかな…?


ちなみに布地はイタリア製ストレッチナイロン。
薄地ですが風を通さず、春先にはもってこいの服地。着分、半額近い二千円で購入。ボタンは私の古着から頂戴しました。

貧乏ワードローブしてやったり( ̄―+ ̄)ニヤリ☆
| Rail&Hand | - | 21:07 | - | - |
バスと味噌漬け

新潟交通のバス。
この「いすゞキュービック」新潟市内でよく利用した車。
同社のバス車内放送の宣伝で、

“内野にとっても美味い西瓜の味噌漬けあります”

というものがあった。
何のことかと思いきや、小振りな西瓜が皮ごと漬物になっている。砂丘地帯の新潟市内野(現在の西区)ならではの産物かもしれない。西瓜自体私はあまり好きではないが。


モデルについて、縮尺1/150の人差し指サイズ。本来は中身の分からない販売だが、開封売で入手。近畿地方の他のバスは値段に色がついていたが、こちらは当然不人気なのでプレミアとは無縁。
関西では売れ残りそうなので他でも物色してみたい。10数年前には自作したものだが、製品化されるとは…。

同社のカボチャ電車と並べるもよし。


| Rail&Hand | - | 21:25 | - | - |
寝ない子は太る
「睡眠時間の少ない乳幼児は過体重になる」

興味深い記事を見つけた。(以下抜粋)

米ハーバード大学(ボストン)医学部助教授のElsie M. Taveras氏らによる
研究では、

睡眠時間が1日12時間未満の3歳児の体重は、12時間以上の小児よりも重かった。また、1日2時間以上テレビを見る乳幼児ではテレビを見ない乳幼児に比べて、過体重になるリスクが16%増加した。
「睡眠時間が短く、さらにテレビを見過ぎると、肥満のリスクは著しく上昇する」と述べ、これは食欲をコントロールするホルモンに端を発する可能性があるとしている。

また、別の研究では、注意欠陥多動性障害(ADHD)を有する小児に睡眠障害の傾向が高いこと、4〜6歳時に睡眠障害がある小児では18〜32歳に不安やうつ、攻撃などの症状が出現しやすいことなどが指摘されている。(以上)


う〜む。「寝る子は育つ」ではなく「寝ない子は太る」
正しくは、「寝る子は健全に育つ」と昔の人は言いたかったのだろう。
特に後半の研究結果に驚く。やっぱり子供はよく寝かせることが大事。

学生時代、夜中にお菓子やラーメンを食べたりしたものだが、今思えば不摂生この上ない。

今日は、明け方に息子が起きたのでみんな早起きになってしまった。妻と子供たちは20時半には寝てしまったようだ。
健全に育ってもらうために、明日は早起きしなくていいから。
朝食もあるし。
| Rail&Hand | - | 21:27 | - | - |
裁判員
山口県光市の母子殺害事件の控訴審で、元少年に死刑が確定した。今までの被告の言動と裁判の経緯から然るべき結果で、厳罰に納得がいく。中世の拷問刑に処しても構わぬくらいの鬼畜犯。

あらゆる凶悪犯罪者が精神的疾患を理由に酌量がまかり通るほうが問題だ。


さて、裁判員制度が2009年5月までに始まる。
ハッキリ申すと選ばれたくないのが本音。被告原告、当事者間の人生を左右する上に、裁判員の身辺は保護されるのだろうか。気が小さい私は、逆恨みされないか不安になる。

こんなブログでも、余計な事を書いて反感を買わないか不安になることもある。
まあ、当初からのスタンスとして、個人の悪口や批判は避けているつもりだが…。

ましてや裁判員に守秘義務があっても、匿名の情報化社会。王様の耳はロバの耳かもしれない。
裁判官はその身分がある程度保証されているようだが、果たして一般庶民はどうなるか?

「あの〜今度裁判員になりまして、休みますんでよろしく」

等と、義務とはいえそんな簡単に通用するのだろうか。独り部署ならクビになりそうな気がするが…。

ちなみに裁判員から外れる理由の参考例として、

「子供が受験生の母親」

「売れっ子のホステス」
というガイドラインがあるらしい。
後者がよく分からない。店でベラベラ喋るからか?

国民の義務がひとつ増える。

| Rail&Hand | - | 21:00 | - | - |
碓氷峠
Tさんからのメールの「EF63」という言葉で思い出した。


そう、11年前の1997年、長野新幹線開業で廃止された信越本線・碓氷峠。
群馬・長野の県境、横川〜軽井沢は険しい山で、関東から長野へ至る交通の難所だった。明治時代、同区間に鉄道が出来た頃は、2本の線路の真ん中に車両から突き出した歯車を咬ませる線路(ラックレール)を敷いて急坂をよじ登った。
戦後、技術の進歩で、通常の線路上を、専用の強力な機関車で列車を押し上げるようになった。大幅な時間短縮と輸送増が可能になった。
(写真のように、電気機関車が後ろから特急電車を押し上げる)

横川駅といえば駅弁の「峠の釜めし」
ここで峠に備えるために機関車を連結、解放するために全列車が5分程度停車することからこの駅弁が有名になった。
余談ながら、中身を食べて持ち帰った「釜」でごはんを炊くと結構美味しい。それから、日本画材の膠を多量に溶かすにも最適な容器だった。

今でも「峠の釜めし」は横川・軽井沢駅、長野新幹線車内販売で販売中。

この峠越えの体制で35年が経過したが、時代の流れは新幹線。長野オリンピックを控えた1997年9月末、横川〜軽井沢の区間と機関車は消滅する運命となった。


碓氷峠の区間で一生を過ごした専用機関車がこのEF63形。
「峠のシェルパ」とも呼ばれる。

急坂に備え、二重、三重ものブレーキ機能を持っていたという。中でも「電磁吸着ブレーキ」というものは、列車が止まらなくなった際、強力な電磁石でレールにへばりつく機能。しかも「主電動機回路を短絡させる」という解説があり、これは機関車そのものが壊れてしまう自爆ブレーキ。
身を挺して乗客の安全を守る、利益よりも安全を最優先していた国鉄の体制が垣間見える。
そんな横川駅には機関区があり、峠の安全を支える人たちで、常に緊張が走っていた。

さて、写真は1993年9月。新潟からS君の最初の車「いすゞジェミニ(通称ポコ太)」で行ったような気がする。「やっぱり三国峠越えなきゃ〜」などという先輩の横槍が入りながら。

廃止まで、まだ約4年の年月があり、撮影者はほとんど見られず、のどかな沿線だった。(廃止直前は大騒ぎだったという)
丸山変電所跡付近。当時は横川からここまで線路沿いの砂利道を、車で入ることができた。
機関車の助けを借りて行きかう特急「あさま」を見ながら釜めしを食べたのも懐かしい。車内のお客さんも釜めしを開けているのが見えた。

EF63は必ずペアで使用される。臨時列車等があると上下のバランスを取るため、写真のように、ペア×2=4両で回送されることもある。
これは象の行進みたいで迫力があった。

廃止から11年。ここに再び列車が走るという話もある。
| Rail&Hand | - | 23:00 | - | - |
収納一番
※鉄道話につき、安全のため一般の方はそのまま通過願います。













通過といえば・・

「場内進行、通過進行!」
「タブレットォ〜」
「東津山 マルヨシ!」
  
アホなことを書いているがサルモネラ菌に脳までやられた訳ではなく、ほぼ回復した証拠。
抗生物質はよく効く。“アルミやマグネシウムを含む制酸剤につき、鉄分の摂取は時間を置くように”とある。アルミ車体はOK?


さて、困ったことに近頃オークション等で「元箱なし」「ジャンク」といったHO(16番)プラ製車両に手を出すようになった。この手の怪しいものにハマルと抜け出せなくなるというらしいが・・。
すっかりHOな人間になりつつある。

ここではその収納方法に一考。

箱のないものはエアパッキン(プチプチ)で包まれて届く。
何か箱を準備しなければならないが、久しくほったらかしだった。
以前、神戸のO君がNのキット等、自作車両の収納箱に実物車両の画像や形式名をプリントして貼っていたのを見たことがある。その字体といい、所有欲をくすぐられるもので感心したのを思い出した。

お菓子や海苔の箱では物足りず、自作する余裕もないので、
100円ショップで見つけた、紙製「B5サイズクラフト引き出しボックス」取っ手付き。

外寸29×22×6.5cmとある。内寸はもう少し小さいが、大柄な583系が3両入り、視覚的にも美しい。底面にエアキャップを敷き、車両間にも細く切ったものを詰めて緩衝材とした。アンテナやパンタを引っ掛けないように注意。A4・B4サイズがあればもっと収納できそうだが。
余談ながらこの583系「きたぐに」 実は車体にあちこち傷があるので走行本位といったところ。少しウェザリングすればマシかも?(実物も結構ボロい)

同じく100円ショップで以前見つけた、「ランジェリーボックス」

内寸実測で36×30cmでフタ付。しかしこの商品、ダイソーで見かけなくなってしまった。
エアキャップを挟んで8両詰めた例。安定しているが視覚的に美しくない。
いずれの箱も形式名などは無記名。そのうち整理しなければ。

最後に100円ではなく「元箱」の代わりに付属していた箱。
これには少し感銘を受けたので紹介する。

これは、KATOのプラ製客車に乗客を搭載し、ウェザリングを施したものをジャンク扱いで入手した際に付属していた箱。形式も記載してある。
堅牢な上質ケント紙の「銀箱」。おそらくピノチオかイモンの収納箱だろう。この中に、エアキャップと油紙に包まれて車両が入っていた。ベテランHOマニアの心意気が垣間見える。KATOの客車もここに収まれば、かしこまって見える?ティファニーの箱に収まる○ン・キホーテとでも例えようか。
ただ、前オーナーは相当なスモーカーなのか、箱のヤニ臭がパチンコ屋のようだったので天日干ししたのは言うまでもない。(車両は干していない)



HO(16番)はそのサイズから、他所で運転する際に備え、搬送の便も考慮しなければならない。
そういえばジャズステーションでは、Fさんがすべて同サイズの段ボール箱にHO車両の箱を整然と収納されていたのを思い出す。鉄はマメな方が多い。

外国型は縮尺1/87とはいえども、元のサイズがデカイので、ヨーロッパの近代型客車1両27〜30cm位あるので要注意。模型の急カーブに対応するため、1/93や1/100というショートスケールが多い。
それでも元箱は40cm近くなる。これが一般的な段ボール箱には中途半端なサイズで厄介者。ここでも外国人は日本の寸法に馴染めないようだ。

好きな鉄道模型だからこそ、展示しない時は、たとえ100円ショップでもそれなりの収納箱を与えてやりたいもの。貴方の車両が一生のうちで一番長く過ごす場所だから?


| Rail&Hand | - | 17:15 | - | - |
サルモネラ
昨日、姫路菓子博覧会が開幕し、初日から16,000人の入場者があったそうだ。姫路出身の松浦亜弥も開会式に参加したという。(あややも御座候も食べていたのかな)

ところで私は、昨日午後あたりから、体調が思わしくなくなった。腹の調子が悪く、原因不明の頭痛に苦しみながら耐えた。
帰宅後、寒気とともに倒れこむように寝た。夜中も下痢に耐える・・。
今朝になって頭痛は治ったものの、下痢は続くのでかかりつけの内科を受診した。

I先生は腹を押さえながら、

「吐き気やむかつきはある?」

「ありません」

「家族に下痢嘔吐の人はいる?」

「いません」

「おとといの夜は何食べた?」

「鳥です」

「それだ」

どうやらサルモネラ菌らしい。
体が弱っている時など、多量に体内に入ると感染するらしい。
脱水状態なので、点滴を打たれた。
いつも思うが、疾病ダメージは腹に来るタイプの人間だ。

帰宅後、
「サルモネラ菌?焼鳥屋に行くからだよ。何食べたの?」

「ユッケ。その前は鳥刺し;」

「やっぱり・・。流行ってない店に行くからでしょ。自業自得」

「だって、美味いんやもん」

「その“小学校の先生”は食べてないよ。きっと」

「早く良くなって寿司でも食べたいな〜」

「懲りてないわね!」

鶏の祟り。(これは奈良のT山氏の祟りか)

とにかく、週末はおとなしくすることに。
次週には息子の宮参りが控えているし。


| Rail&Hand | - | 22:21 | - | - |
役員会
勤務先の親睦団体の役員・会計に抜擢されてしまった。(労組的とは名ばかりの団体)2年間の任期;

2年振りにボーリング大会をすることになった。会長のKさんは気合いが入っている。今期は行事を活性化させたいらしい。
昨日の役員会では様々な意見が…

Kさんの提案。
「今回はボーリング大会目玉賞品として“ニンテンドーDSライト”を用意したいと思います」

「上位だけもらえるのでは参加意欲が沸かないでしょう」


「上位以外にも抽選でもらえるチャンスがあればみんな来ますよ」

「ゲーム機に関心ない人もいますよ」
と50代女性。

「じゃあ皆さん他に欲しい賞品を挙げてください」

KさんはどうしてもニンテンドーDSを賞品にしたいようだ。誰も異論を唱えない。結局、上位3位と他参加者の抽選に当たることで決着。DS5台が準備されるかもしれない。

私は…“テンショウドーDD三つ目”なら欲しいかな。

「え?他に何か欲しいの?」

「あ、いや何でも…」
さて、どうなることやら。

| Rail&Hand | - | 20:33 | - | - |
今夜も
また遅くなったので、また例の焼鳥屋に寄る。今日はやけに混んでいる。
話の内容からすればすぐ裏の小学校の先生方のようだ。
先生の宴席は独特だ。教職に就かれる方はおそらく読んでいないと思う?ので敢えて言うが、先生は一般の会社でいう気配りが苦手な方かも。何故なら各々が対等な立場なので。
ついでに始末の悪い酔い方をする方もいる。ここにはそんな先生は居ないが。

まあ、子供には学校裏サイトに実名で中傷され、給食費払わぬ親がいる昨今、先生方は膨大なストレスと闘っていると思うと気の毒だ。報酬の善し悪しだけでは済まないだろう。

薄給の上に多少遅くなっても、気に入らぬ事があっても、欲しいHOゲージが落札できて、子供と風呂に入ったらくすぐられる。ワタシは充分幸せではないか。
子供の意欲を持たせる術を熱く語る声を背に思った。

「今日は流行ってんなぁ」

「たまには、です;」

焼鳥屋のくせに「鰤のカマ焼」美味い。しかも安い。

| Rail&Hand | - | 21:22 | - | - |
披露宴
妻です。

13日の大宮小旅行、本当に疲れたけど本当に楽しかったです。

新婦のMちゃんは、高校時代、コーラス部の親友。
私にとって、コーラス部時代は青春のすべてでした。そしてその時代を共に過ごしたMちゃんは、喜びも苦しみも共に分かち合った仲です。

Mちゃんは単身東京へ飛び出してからは、親を頼らず、バイトに明け暮れながら学費を捻出していました。
その間の苦労は一言では語り尽くせません。友人、家族、恋人…。多くの大切な人達が彼女の元を去っていきました。よく、夜中に泣きながら私に電話してきたものです。

そのMちゃんがやっと幸せになれる。

彼女の花嫁姿を見ただけで涙が溢れて仕方ありませんでした。

荘厳な大聖堂で、か細いお父様に手を引かれ、Mちゃんが歩いて来ます。
あ…。Mちゃんが泣いてる。

今までの苦しい、悲しい涙ではなくて。

幸せの
感謝の
喜びの涙…。


よかったね。
よかったね。

やっと幸せになれたね。

おめでとう。
おめでとう。
本当におめでとう。

スピーチの中でも述べたけど。

「右の靴は左の足には合わないけれど、両方ないと一足とは言えない」

これからは二人、歩調を合わせて歩いて行ってね…。

そして私とも、相変わらず友達でいてね。

お母さんになっても。おばあちゃんになっても。


余談(?)ですが、新郎の叔父さんは、なんとあのマジ‐こと真島茂樹さんなのです。

前々から「来るよ」とは聞いてたけど、本当に来た\(≧▽≦)丿!!
顔ちっさい!脚長い!!
新郎新婦、お色直の入場で、マツケンサンバが大音量で流れると、マジ‐が踊りながら二人を先導してきます。
おいおい;完全に主役交代だよσ(^◇^;)。。。スポットライトもマジ‐に当たってるよ;。
でも私もミーハーなので写真取りまくりましたが。
今日現像してみたら全部ぶれてました。

ガ−(゜Д゜;)-ン!!!

こんな写真でよければ、Mちゃん、そのうち送るね(^_^;)。


とにかく、こんなに心洗われた結婚式は初めて。

Mちゃん、末永く幸せになってね…。

気怠い脚の筋肉疲労と共に、幸せの余韻に浸る私なのでした。
| Rail&Hand | - | 22:08 | - | - |
焼鳥
毎度ながら春先は仕事に追われ、夕食が独り外食になる日もある。

勤務先最寄り駅近くに昨年開店した焼鳥屋。以前駅前で割引券付のチラシを渡されたのがきっかけ。(そこら辺がミミッチイ男だが;)
普通の焼鳥屋だと思ったら焼酎の種類の多さに驚いた。今日で二回目。
残念ながら店は閑古鳥が鳴いている。大丈夫かいな。
それでも普通の焼鳥屋とはいえ、外の通りまで見送ってくれるお兄さんの心意気が良い。単に暇なだけか?

「割引券なくても来るからね」

昔はビールに唐揚げを貪ったが、疲れた時にひねポン等を頼んでしまうのはオッサンになった証拠。ちなみに鳥刺も好きです。


| Rail&Hand | - | 21:17 | - | - |
披露宴

妻の友人Mさんの結婚式場へ移動。
鉄道博物館からタクシーで2メーターの距離だった。終了を待つ間、娘はウトウト。
大変素晴らしい式だったそうで何より。
見送りにまぎれこむ。
帰りは新幹線を一本遅らせることになった。
| Rail&Hand | - | 16:54 | - | - |
裏方

実はこちらの方が面白そう?ジオラマを走らせる鉄道模型の整備を実演中。
走らせる車両は業務用だけあって、エンドウやカツミ等の金属製品が殆どだが、よくみるとウチにあるようなプラスチック製、南部縦貫のレールバスもある。ジオラマにそんなローカル線はなかったけれど。

| Rail&Hand | - | 14:37 | - | - |
巨大ジオラマ

実は並ばなくてもキッズスペースから見える。
国内最大のHOゲージジオラマ。照明で一日の様子が再現される。

| Rail&Hand | - | 14:32 | - | - |
日本食堂


昼食は館内レストラン日本食堂。
往年の食堂車メニューだが、実は味は二の次;
車窓を流れる風景があるから美味しいんだろう。窓からは高崎線や川越線の電車が見える。

メニューには乗務員の賄い食、「ハチクマライス」がある。ここにあったのはハヤシライスに目玉焼きを乗せたような物だった。
落語の八っつあん、熊さんでも食べられるという例えが由来。
「レチ弁」はないのかな?
| Rail&Hand | - | 14:23 | - | - |
鉄道博物館

大宮駅で妻は結婚式へ。
只今娘と二人で鉄道博物館を見学中。かなりの人出。
館内はSuica・ICOCAで入場、会計ができる。

| Rail&Hand | - | 13:20 | - | - |
上京

始発二本目、のぞみ64号に乗車。親子ともに眠そう。
最新のN700系は快適。

| Rail&Hand | - | 07:06 | - | - |
鯉のぼり


今日、鯉のぼりが揚がった。妻の実家から頂いたもの。

実家の畑にポールの基礎まで作ってもらって気合い十分…。
| Rail&Hand | - | 18:12 | - | - |
25周年
国内一番人気のテーマパーク、東京ディズニーランド。
15日で開園25周年を迎えるらしい。
決して子供だましではなく、老若男女が楽しめる夢の空間として大成功を納めている。

等と知ったように書いているが、

実は私はまだ行ったことがない・・。


以前、妻に聞いた話では、スタッフ教育も徹底されており、研修を終えた新人がミッキーマウスの縫いぐるみを見せられると、抱きしめて泣くらしい・・。大げさに聞こえるが、この裏方が徹底しているらしく、皆それだけやりがいを持って働いていることになる。
(アルバイトから管理職まで、全従業員を“キャスト”というらしい。一人一人がお客様を迎え入れる主役ということか)


「そんなに楽しい場所なら、芝生に弁当とビールでも持参したいねぇ」

「言っとくけど持ち込み禁止よ;飲酒も禁止」
(ディズニーシーは飲酒OKらしい)

「ちょっとくらい叱られないよ」

「たぶん、スタッフの人に“お楽しみのところ申し訳ありませんが、次回からお弁当の代わりに館内フードコートでお召し上がりくださいね”と笑顔で言われるよ」

「さすが、夢の国のキャスト・・」

「でもフードコートは全然美味しくなかったよ」

「だったら弁当がいい」

「だから持込禁止だってば」

「ミッキーマウスの中の人も大変なんだろうな。子供に蹴られたり」

「そこはキャストだから」

「“はばタン”でも怒って仕返しするし」

「あれは素人でしょ」

やっぱり子供らが物心つくようになったら一度は行かねばならないか。

ちなみに、すぐ隣にあるヒルトンホテルとイクスピアリの天賞堂なら行った事がある。(6年前、上京のついでにわざわざクリスマスイベントのGゲージを見に行った)


| Rail&Hand | - | 22:40 | - | - |
諏訪子
神戸市立王子動物園のインド象、諏訪子が死去した。享年65歳。人間で言えば100歳以上。国内最高齢の象さんだった。

「諏訪子」は戦前、王子動物園の前身となった諏訪山動物園の名称に由来する。まさに歴史の証人、いや証象。
10年ほど前に伴侶の太郎を亡くしてから、屋内に引きこもりがちだったという。象も我々人間と同じ。
いや、熟年離婚などがない分、象のほうが立派か。動物園では離れられないという説もあるが。

ちなみに夫婦に例えられる鳥「おしどり」
実は浮気をする奴もいるらしい。
ますます人間的だ。



ところで、王子動物園といえば名物飼育係の「亀井さん」を思い出す。こんな話がある。

巨大なヘビには生きたウサギを与える。勿論、観客の居ない時に行う。しかしある日、ヘビがウサギを食べないうちに開園時刻となってしまった。

ヘビに睨まれて怯えるウサギを見つけた女の子が、

「おじさん、大変!ウサギを助けて!」

亀井さんは直ちに檻に入ってヘビを追い払い、ウサギを助けた。

それから何年か経った。その女の子から動物園に手紙が届いた。

それは、学校の授業で弱肉強食の世界を知ったこと。そして、人間も同じように命を頂いていること。ヘビは残酷な事をするように見えるけれど、自分達も同じ事をしている。
あの時、自分の訴えを聞いて何も言わずウサギを助けてくれた飼育係さんの心遣いに、今気付いたこと。
という内容だった。

亀井さんは、
「あの時、女の子に自然の摂理を説いても、まだ分からないと思ったのでウサギを外に出した。大きくなってその意味が分かり、動物園での出来事を思い出して、命の尊さを知ってくれて嬉しい」

自分が生きるためではなく、無意味な殺傷をする動物はせいぜい人間くらい。
ライオンは野生で生きる試練に我が子を崖から落とすというが、駅のホームから突き落としたりはしない。

| Rail&Hand | - | 18:33 | - | - |
入学式など
このあたりでは、今日が入学式のようだ。ランドセルに背負われたような一年生の姿が見える。同じく新潟の甥も一年生だ。
こちらの桜は明日の雨で終わりそう。

話は変わって、
5月2日〜6日の東海道・上越新幹線を手配した。今年は2日が休日出勤の振休なので休みが長い。神戸からの空路なき今日、子供2人連れでは乗換え一回の新幹線が楽と見た。しかも駅から家は近い。
両親は孫達との再会に首を長くして待っていることだろう。私はオマケ。いやいや、田植えの手伝い。
そしてYさんをはじめ、今回も恒例の方々に会えるだろうか。

私は6日、単身戻るので実質放牧期間となる。母子は連休明けてから帰ってくる。

今週末も埼玉・大宮なので、やたら旅費がかさむ。

「迎えは要らないよ」

「一人で二人連れるのは心配やね」

「でも電車賃勿体ないよ」

「じゃあ…」

来月後半、東京駅で待ち合わせることにした。これなら体力的・金銭的に負担が少ない。

夜行バスで上京して、都内うろついて、昼の新幹線に待ち合わせて皆で帰ろうか。
早速目論んでいる。出かけることばかり…。

| Rail&Hand | - | 19:04 | - | - |
くいだおれ
大阪・道頓堀の食堂「くいだおれ」が7月8日に閉店することになったという。

あの、関西のシンボル的存在、ピエロみたいな服装にメガネの動く人形のある店。

報道機関向けに同食堂が発表した原文より抜粋。
(ちなみに正式名称は“株式会社くいだおれ”という!)

「大阪名物くいだおれは、永年皆様にご愛顧賜って参りましたが、この度、
一、建物・設備等の老朽化、一、周辺環境・時代の変化、一、総合食堂形式と家族経営の限界、に依り、本年七月八日をもって、閉店致すこととなりました。」

学生時代、そのネーミングに負けて1度だけ友人らと入ったことがある。
和洋食何でも揃う店だった。いわゆるファミレスの元祖。

くいだおれ定食を注文した。
ハンバーグ、エビフライ、唐揚げ、オムレツ、あらゆるおかずが揃った、まさに“くいだおれ”だった。しかもポテトフライがくいだおれ人形の帽子をかぶっていた。

昭和24年の創業から約60年、創業者が店名とした遺志のとおり、大阪はくいだおれの街となった。

「食って倒れるとは、まさにアンタのことだ」

等と当時の私は評されたので、
ここはサヨナラくいだおれツアーを敢行せねば?
| Rail&Hand | - | 23:37 | - | - |
久々手仕事


妻です。
手仕事がたたって(?)耳の病気をして以来、懲りたかと思いきや・・・、どっこいチマチマ続けています。
止められないのは主人も同じ。

「時間があるからするのは暇つぶし、時間をみつけてするのが趣味」
なのです。

上の写真はひとめ惚れして買った綿麻の混紡。
ピンクの草花が揺れるようにプリントされて、なんとも春らしいカワイらしい布地。
子供のどちらかが寝ている時間、あるいは娘が義母と外出している合間に一日30分、一時間と何とか見つけて仕上げました。一ヶ月近くかかったでしょうか。

麻の風合いがナチュラルで気持ちいいジャケット。
デニムにもよく合います!


こちらは入院する前買った布地。
真ん中にウレタンが入っており、両面にニットとスウェード調の布地が貼ってあります。肌触りがよく、襟が大きく立ち上がったデザインなのでとってもあったか。
こちらは息子を出産後、二日くらいで縫い上げました。

どちらも渡部サトさんのデザイン。
手作りっぽさを感じさせない、可愛いパターンです。
| Rail&Hand | - | 10:44 | - | - |
帰着
という訳で、青春18きっぷで行く敦賀旅行。
無事終了した。
あれこれ気を遣いながらの行程、私は会計役だった。

しかし今回は得意の鉄道。時刻表は守備範囲。“集合列車”という言葉を久々に使用した。

「今回は自分も楽しそうに世話してるじゃないの」

K部長に言われた。今までお見通しだ;


1日目は新快速で昼に敦賀到着。氣比神宮と金ヶ崎宮の桜見物。

2日目は二日酔いのまま、観光協会「遊敦塾」のバスで市内観光。
気比の松原等の名所見物と蒲鉾作り、昆布かきを体験。我々を引率してくれた担当の方は、案内上手で大変丁寧だった。

敦賀と言えば8号線に並ぶ屋台ラーメンと新日本海フェリー、北陸線旧線跡とループ線しか頭にない私だったが、観光らしい体験が出来て良かった。

帰りの電車は事故で遅れて大阪で運転打ち切り。後続列車に乗換えた。

昨日も目にしたが、“青春18”改めその3〜4倍の年齢層の多いこと。
リュック、帽子、加齢臭、お喋り、しまいには駅弁で車内は大混雑。
我々の団体も16名のうち、男性5名以外は還暦付近かそれ以上だったが。
青春18きっぷは年齢関係なく使用できるが、利用層を見ると、鉄道マニアと中高年層が殆どかも。

“青春還暦きっぷ”
“青春鉄ちゃんきっぷ”
を用意しても良さそうだ。

ともあれ、機嫌よく終わって胸を撫で下ろす。
私は最後の駅で下車する。一人になったら急に疲れが出てきた…。

| Rail&Hand | - | 19:42 | - | - |
敦賀旅行3

敦賀湾を望む気比の松原。
波と戯れる御一行様。

| Rail&Hand | - | 18:34 | - | - |
敦賀旅行2

敦賀トンネル温泉。北国グランドホテルより敦賀市街と日本海を望む。
北陸トンネルを掘る時に沸いた温泉。昭和40年代の薫りが漂うホテル。明石の蟹料理店主が同ホテルの兄弟というご縁で優待?宿泊となった。
「北国」という響きがまた良い。

| Rail&Hand | - | 09:19 | - | - |
敦賀旅行1

金ヶ崎宮の祭り。
敦賀港貨物駅が見える。何故かこちらに興味が沸く。只今宴会中;

| Rail&Hand | - | 19:37 | - | - |
それが大事
春のセンバツ高校野球。
沖縄尚学が優勝を飾った。圧倒的な強さ。昨日、地元東洋大姫路がここに逆転で惜敗した。
東洋大附属姫路高校は古くから甲子園の常連。近年再び力をつけてベスト4入りを果たすようになった。野球に関わらず、東洋へ進学した中学校の同級生も結構いる。昔は男子高だった。

高校球児の青春は何と美しいことか。いつも言うが、彼等の年代の頃の自分は何と情けないものだったか。

今から言っておくが、私は将来息子とキャッチボールなんて不可能だ。おそらく本人も望まないだろうが…。
その息子も4ヶ月で8kgになった。標準を上回る体重に抱っこは一苦労。
そのイニシャルから、HOゲージ君とか言われたが、すでにGゲージサイズを超えた。

話が逸れた。高校球児には親子2代なんて人も珍しくない。
君も親子2代マニアの道を歩むしかないのだろうか。幸い、遺してやる物は沢山ありますが。

勝手な嫉妬だが、子供の世界というのは残酷で、スポーティーな人ほど人間的評価が高い。
だから我が子が私の二の舞で哀れな思いをしないか案じてしまう。

しかし人間、何かひとつ自信を持てる分野があればいい。それが意欲を生む。

ところが高校1年の時、私の前の席のU君は“全能の神”だった。勉強も運動も完璧に出来る。世の中にはこのような万物揃った人がいるのかと驚いた。何も出来ない私は、ある程度自信のあった美術でさえも彼のほうが絵が巧く、もう完全にお手上げだった。勝ったのは失笑を誘う事と食べることくらい…。その後、彼は京大大学院に行き、今は海外の技術者だという話を聞いたことがある。たいしたものだ。

私のようにしがないサラリーマンで夕食後に娘とウエハースをかじる暮らしと、どちらが幸せと思われるかは別として。

ともあれ、野球、芸術、鉄道、自分が打ち込むものに自信を持てること。
♪それがいちばん大事〜
| Rail&Hand | - | 20:06 | - | - |
ホーネット

ホーネット。30代位の男性には懐かしいかも。

缶コーヒーのオマケのプルバックカー(画像)を手にして思い出した。
その昔、同型のラジコンカーがタミヤから発売されていた。今も現代の仕様で完成品があるらしいが。

当時タミヤのラジコンカーは自分で組み立てるものだった。その中でもホーネットは入門機種の下から二番目位で子供に人気があった。

小学生の頃、友人がホーネットを所有していた。正しくは英字で「HORNET」のところが「HONET」と彼の毛筆でボディに書いてあったのが微笑ましかった。ちなみにホーネットは「スズメバチ」の意。
彼の愛車精神は強く、私の発音が「ボンネッ」トに聞こえるとよく注意を受けたものだ。彼のノートにはいつも同車の落書きがあった。
テレビゲームが圧倒的に台頭する前の、80年代の良き時代。

「マイティフロッグ」「ホーネット」「グラスホッパー」という三大名車の流行を経て、その後「ホットショット」「サンダーショット」など、四駆バギーが流行となる。
“テクニゴールド”を知る人は通。“京商ル・マン”を知る人はマニア。ブルボン・ルマンドではない。
我々はタミヤのカタログを穴が空くほど見た世代。
同世代の奥様方も御主人に聞けば即答が来るかも?
それだけ自動車のラジコンは男の子にメジャーだった。もっとも、私は線路の上を走るほうが好きだったが。

今の子供達より、当時の子供が喜んでいるような気がする。


| Rail&Hand | - | 18:41 | - | - |
会津っぽ
TBSがクイズ番組の正解として、

「戊辰戦争で幕府軍が鶴ヶ城を明け渡した理由は、城内に糞尿が溜まって耐え切れなくなったため」

と放送したところ、福島県会津若松市から“歴史認識を歪曲させるな”と抗議があった。当然ながらTBSは謝罪した。
トイレに行くのを惜しんで、その辺で用を足してまで城の防衛に当たったという史実があるそうだが、それを興味本位のように誇張して放送するのは、“誠に遺憾と言わざるを得ない。”公共の電波で発信するのは失礼だ。

ところで、会津若松市民が怒る理由は、白虎隊のプライドを持っているからに他ならない。
極端な話を聞いたことがある。戊辰戦争で新政府軍に降伏させられた怨みから、会津には薩摩揚げを食べない人がいるという。ビジネスの場でも、“会津と薩長は犬猿の仲ですし”というたとえ話がある。
過去の争い事をいつまでも根に持つのは同じ日本人としてどうか。戊辰戦争は内紛の中では、民衆や味方への暴力や略奪などが横行した、かなり野蛮な争いだったというがらしいが・・。
鹿児島、山口から会津に嫁ぐのはかなり勇気が要るかも?新撰組の京都からだったらOK。(京都守護である会津藩主の治安部隊)

新潟の隣国、会津は何度も出かけた。喜多方ラーメン、ソースカツ丼、蕎麦、猪苗代湖、磐梯山、温泉、スキー…観光資源が豊富。
そんな会津の人は、おとなしく、秘めたる気持ちはあまり口に出さないようだ。
思うに東北・雪国盆地の城下町の閉鎖的な環境が会津っぽの気質を生むのかもしれない。
同じ雪国でも平野部・新潟とはまた異なる指向がある。


そういえば学生時代、会津出身の人が後輩にいた。
(※誤解なきよう、会津の人が全てこのようなタイプではないことを予め断っておく)

彼の口癖は、

「積年の怨みを晴らす」

ちょっと怖い…。秘めたるものか;

「女は城だ。落ちるものだ」

というより、女の人は城じゃないんだよ…。

現在、彼は立派に新潟県の中学校教員を務めているらしい。
(そのほうが問題か?)

| Rail&Hand | - | 21:38 | - | - |
新年度

今日から新年度。
新入職員がやってきた。私の部署には来ないが、今年は10名いる。
今日明日は皆の世話に研修等で付きっきり。自分の仕事はほったらかし。
高卒の子は平成生まれだから世代の差を実感する。
多くは昭和60年代生まれなので、美空ひばりを生放送で見た事ないんだろうな。等と思う。
いつものように桜は咲き、また季節が巡る。気がつけば齢だけ重ね、現状に流されているような自分。そんなわけで春は憂鬱になる。

さておき、緊張気味の新入職員を見ると、自分の時を思い出す。

毎年皆に研修等で繰り返す話だが、

挨拶をする。
時間を守る。
約束事を守る。
進んで引き受ける。
体調管理。

これらが出来ない人はアルバイト、正社員を問わず、続かない。自分の不備を棚に上げて会社のせいにする人は明らかに×。不平不満の多い人ほど至らぬ点が多い。
採用側は時間を割いてそれなりに期待して人選をしており、簡単に辞められては迷惑だったりするのが本音。そんな時、見る目が甘かったのか残念になる。実際、余程の事がない限り辞めさせたりなんかしない。

話が逸れたが、決意新たに入社してくる人にこちらも気が引き締まる思いの四月。

| Rail&Hand | - | 21:22 | - | - |
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