Zakkan (雑感)

趣味の雑感。
オリエント急行
「オリエント急行」が12月で廃止されるという。まだ走っていたのか、という感がする。
1930年代の最盛期はパリ〜イスタンブールを結んだ。いわゆる「名士列車」だ。
21世紀の今日、「オリエント急行」はドイツ国境にほど近いフランスの東端の街・ストラスブール〜オーストリアのウィーン間の運行で「ユーロナイト」と呼ばれる夜行列車にその愛称が残る。もはや「オリエント」とは無縁の区間。運行区間が次々と短縮された結果こうなったようだ。しかも食堂やバー等は一切ない、寝るだけの夜行列車で、我が国で言えば末期の「あさかぜ」みたいな状態。
今回廃止される同列車は、トーマスクックの時刻表(ヨーロッパ総合時刻表)にも掲載されているもので、最盛期の「オリエント急行」を源泉とする定期列車。ロンドン〜ベニスを結ぶ不定期ツアーのオリエント急行ではない。
鉄道先進国・ヨーロッパの夜行列車事情も我が国同様、航空機の発達、安価な夜行バスの台頭に押されているようだ。


バブル経済絶頂期の1988年、我が国にも「オリエント急行」がやってきたことがある。
パリから東西ヨーロッパ大陸・旧ソ連・中国を経て香港から船で山口県の下松へ、再び線路に載って東京まで走った。ドイツでは東西ドイツの蒸気機関車2両が手を取り合って牽引し、冷戦の終焉を予感させる出来事だった。
ヨーロッパ大陸、ロシア、日本ではそれぞれ線路の幅が異なるので、国境で台車を交換して対応した。日本国内で廃車になった旧型客車の台車(TR47)を再利用したという。製造年代が近いのかレトロなオリエント急行によく似合っていた。

オリエント急行は国内各地で展示されたが、結局自分の目で見ることは叶わなかった。
そのオリエント急行客車とは、イベント用に残された1930年代に製造されたもので、日本の線路を走る姿は気品に満ち溢れていた。先頭に立つ日本の機関車がショボく見えたものだ。唯一の例外は、お召列車牽引用のEF58−61だった。さすがエンペラーヒロヒト専用の機関車だけある。プライドの高い列車スタッフも納得しただろう。
ところで、今日運転されている「SLばんえつ物語号」の客車には「オリエント急行をイメージした塗装」という説明があるが、元が日本の客車なので横須賀線の色に見えなくもない。

長い車体に美しい色彩、優雅で重厚な雰囲気を醸し出す、20世紀前半のヨーロッパの汽車は憧れでもある。TGVやICEといった新幹線には今ひとつ興味が湧かないが。
ちなみに日本の鉄道では高度経済成長期を駆け抜けた1960〜70年代に、断然興味がある。
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