Zakkan (雑感)

趣味の雑感。
出発


姫路2335発、寝台特急サンライズ瀬戸・出雲号、東京行に乗車。
今や西日本から東京へ直通する唯一の夜行列車となってしまった…。
四国・高松と山陰・出雲市始発の編成が岡山から手をつないでやってくる。

電球色の灯が漏れる個室寝台を連ねた豪華な列車だが、2両だけ連結された「ノビノビ座席」…というより2等船室のようなカーペット車両は指定席特急料金で乗れるのでお得。今回もここに収まる。約6年ぶりの乗車。

夜行列車の旅立ちは風情がある。もう夜風が涼しくなった。
姫路からでも10数名ほどの乗客があった。

| Rail&Hand | - | 23:37 | - | - |
駅頭風景〜完成
戦前の加古川駅をイメージした駅頭風景。
縮尺:1/80 サイズ:600×1,200mm

早速、天賞堂プラ製C58を置いてみた。(私にとって初の日本型SL)
バルサ材から作った駅名看板は「かこがわ」ならぬ「はがこか」。右から読む。
ちなみに東加古川駅の設置は昭和36年なので、隣駅の表示については二つ先の土山駅としている。こだわってもよく見えませんが・・。


日本マッチ工業会の協賛ということを考慮して、同会サイトのシンボルデザインとマッチ箱のラベルデザインを看板に仕立ててみた。こんなのいかがでしょ?(業界ではラベルのことを「レッテル」というらしい)


人形も配置。約40体。以前、未塗装品を面相筆で塗ったものを使用。昔風の?地味な服装。


なお、2003年の高架化まで加古川駅として使用されていた木造駅舎は、1919年に大阪の桜島駅(←USJの近所にある駅)から移築されたものだという。厳密に言えば模型と必ずしも一致しない形態だが、それ以前のイメージでもよい。何よりも木造駅・跨線橋・農業倉庫、山陽本線から少し離れた加古川線ホームなどの位置関係は高架化以前の構内を凝縮したつもり。たしか現在の「ニッケパークタウン」のあたりに貨物側線があったと思う。
但し、加古川線ホームへ至る通路は変化をつけるために踏切構造としてみた。加古川線は1912年に私鉄・播州鉄道「加古川町駅」として開業しており、当初は案外こんな構造だったかも。

リアルな建物を提供頂いたTさん、ありがとうございました。


本日夕方、文学館に無事納入。何とか今夜の出発までに間に合った・・。

では、行ってきます。こちらが恋しくなった母子の新潟へ。(チョット遠回り)
| Rail&Hand | - | 18:50 | - | - |

妻です。

友達もいない、遊び場も少ない新潟。

テレビ→アイス→テレビ→お菓子。


でご飯を残し、親子祖父母ともにイライラが募って衝突しあうこの頃f^_^。


そろそろ龍野が恋しい…。


気分を入れ替えて、新潟でしか味わえない風景を見に行こう!


弥彦山を越えて間瀬の海岸へ。


遮るものの無い日本海の景色は、やはり爽快。

| Rail&Hand | - | 07:14 | - | - |
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< August 2010 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ ARCHIVES
+ LINKS
+ PROFILE