Zakkan (雑感)

趣味の雑感。
水品美和子コンサート

妻です。in Niigata。

主人は朝9時頃実家を出て、兵庫へ帰って行きました。最寄りの燕三条駅から新幹線で帰ればよいものの、わざわざ東三条駅から在来線で帰る所がマニアの理解できない点です。

午後からは大学時代の後輩Tさんと、親友水品美和子のコンサートへ。
秋晴れの下田は紅葉に染まり、街路樹の落ち葉が歩道いっぱいに絨毯を敷きつめています。農家の軒先には干し柿が下がり、野焼きの煙が農村の風景を霞めていました。この景色を眺めているだけで、心が深呼吸する一日。
そんな中、漢学の里、諸橋轍次記念館でコンサートは始まりました。
一部は古くから愛された日本の歌曲。「花の街」「霧と話した」…。日本語で歌われる懐かしいメロディに、高校時代ピアノを囲んで歌った部活風景を思い出します。ピアノの弾き手は部長だった美和ちゃん。練習ではなく、「歌が好きな子」たちが「好きな歌を歌った」放課後。10年の時を経て、鮮やかに蘇ります。一部の最後は「落葉松」。蘇るメロディに胸を打たれました。

そして第二部は彼女の専門オペラを中心に。「ロメオがご子息を殺したとしても」は「流石」の一言。共鳴する会場に観客が息をのみました。
かの名曲「アメイジング・グレイス」はアカペラで。「マイ・フェア・レディ‐」より「踊り明かそう」で、爽快に幕を閉じます。

興奮覚めやらぬまま、会場はアンコ‐ルの拍手。そして歌い手は再び舞台へ。
今回のコンサートを開くきっかけを話してくれました。それは、コ‐ラス部だった友人の突然の死…。「このままではいけない、何か始めなければ。」と思い立ったのが、このコンサートだったそうです。
そして最後に歌った曲、「涙そうそう」。
「♪古いアルバムめくり…」歌詞はそのまま、亡くなった友人に向けられた思いでした。それはまた、私にとっても同じです。歌詞が胸に突き刺さり、涙で顔を上げることが出来ませんでした。

割れんばかりの拍手の中、彼女のお父さんが深々と頭を下げる姿が印象的でした。

帰り道、燃えるような夕日が農村を照らし、私とTさんは胸をいっぱいにして帰路についたのでした。
| Rail&Hand | - | 21:20 | - | - |
続・帰路
夕方までには自宅に戻ることができた。
昨夜シャックリをしすぎたのか?肩周りが筋肉痛だ。
一家揃うのは今度の土曜、11日で、それまで再び独りになる。あと少しだが、もうおとなしく(?)していよう。

さて、今日は快晴のフライトだった。飛行機ではいつも寝ているか、夜か雲の中なので、今回は眼下の景色を愉しむことができた。小型機なので高度が低いということもある。

12:15、ANA1658便は新潟空港を離陸すると、海沿いに新潟大学の構内が見えた。そして田園の中に蛇行する信濃川、中之口川が続き、まさに実家の上空をゆく。弥彦山の麓には競輪場と弥彦神社の森が確認できた。米山が見えると柏崎。上越市手前から針路を南に取って、山間部に入る。山を突っ切って一直線に延びるのは北越急行の線路だ。やがて、妙高山と野尻湖が見える。長野県だ。所々禿げた斜面はスキー場。彼方には北アルプス。立山連峰は目の高さ。その標高が伺える。こうして眺める立山はひと味違う絶景だ。
松本市を過ぎた辺り、木曽の山々だろうか、紅葉している。カットしたケーキにココアパウダーを振りかけたようになっていた。
居眠りして気づくと、工場地帯と海。どうやら伊勢湾付近。鈴鹿山地に入ったと思うと雲の中に入ってしまった。
と、思いきやもう着陸体制の放送。奈良を過ぎ、高度が下がると大阪市街が見えてきた。いつも飛行機の轟音を見上げる新大阪駅の真上をかすめて(ここが着陸ルートのようだ)定刻より10分早い13:25、大阪(伊丹)空港に着陸した。
本当にANAの「旅割」はありがたい。同じ料金で、かつて大阪〜新潟を走っていたJRの特急「雷鳥」だと、まだ新潟県を脱出していない。
当分、空路の世話になりそうだ。

大阪(梅田)に到着すると、街行く人の顔立ちが濃いのと服の色の派手さが急に目立ってきた。
| Rail&Hand | - | 20:31 | - | - |
帰路

新潟→大阪(伊丹)ANA1658便12:15発。間もなく搭乗。
3連休はよく晴れた。

神戸線でおなじみのボンバルディア、プロペラ機。

| Rail&Hand | - | 11:59 | - | - |
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